分限帳とは

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分限帳とは、藩に所属する武士の名簿のようなものです。

このため、原則としてご先祖が武士だったという家にだけに有益な史料ということになりますが、藩から扶持を頂戴している一部の町人や職人などが記録されている分限帳もあります。

所蔵先としては、都道府県立などの大きな図書館や歴史資料館、又は文書館などが考えられますが、分限帳とは一般名称であり、それぞれの藩によって名称が異なります。図書館のリファレンスの司書の方に聞いたり、サイトで検索するなどして、調べる藩の分限帳の名称を確認すると良いでしょう。

後述する宗門人別帳と比較すると、所蔵先を見つけることはそれほど難しいものではありません。県史や市町村史などの中に収録されている場合もありますし、分限帳単独で活字化されていることも少なくありません。

長州藩無給帳

分限帳に記録されている内容は、単に石高と氏名だけの記録という簡単なものもありますが、逆に家督相続した時期や住居・嫡子の名前・家紋・菩提寺・氏神社、その他のエピソードなどまで記録している藩もあります。

石高と氏名だけの記録しかない分限帳であれば、それぞれの時代の分限帳に登場するご先祖の関係が分かりません。つまり、この分限帳だけで、他に補強出来る史料がない場合、たとえば一世代30年として、父子関係を推定するしかないということになります。
このような場合、先祖が武士だからといって、分限帳は万能の史料とは申せません。


分限帳にご先祖の名前が見つからないとき

ご先祖が武士だったと伝わっているのに、該当する藩の分限帳にご先祖の名前がないというケースも少なくありません。このような場合、次のようなことが考えられます。

①伝わってきたことが誤りだった。

②所属した藩が別の藩だった。

③下級武士の場合、分限帳に記載されていない場合がある。

④陪臣だった。

⑤明治維新前後で改名された。



①のように、家の言い伝えが誤りであったということは、残念ながら少なくはありません。言い伝えというのは、数世代に渡る伝言ゲームのようなものです。だんだんと誇張されて伝わることがあります。

②である場合もあります。比較的大きな藩が多かった西日本地域ではそれほどでもありませんが、小さな藩や旗本領などが入り乱れていた関東地方などは、実は違う藩だったというケースもあるのです。念のため、周辺の藩や旗本領なども調べてみることです。

③の場合が最も多いように思われます。分限帳には数十石~百石以上の知行取の上級武士(=上士)しか記載されていないことが多いのです。それ以下の下級武士、例えば家禄を「7石3人扶持」などと表現される切米取(扶持取)の武士(=下士)の場合、通常の分限帳に記載されていないことがあります。

もちろん、同一の分限帳に「上士」と「下士」の部などに分けて記録されていることもあります。例えば弊社の地元福岡藩の場合、「知行」と「扶持」の部に分かれて記録されています。

また、それぞれ別の分限帳に綴じられていることもあります。たとえば、長州藩の場合、「分限帳」と「無給帳」で分かれて記録されています。さらに、マイクロフィルムで残されていることもあります。あきらめずに確認してみましょう。

④の陪臣とは、藩主に直接に仕える藩士が私的に抱えている家来という身分の人たちです。大身の藩士などは、石高に応じて私的に家来を抱えているもので、藩主からすれば自分の直接の家来ではなく、家来の家来という立場になることから、藩の正式な藩士名簿である分限帳には記載されていないのです。

この陪臣となると、まとまった史料が存在することは珍しいもので、個々に調べるしかありません。当然、かなり困難な調査となります。

弊社では、これまでの家系調査で知り得た各藩の陪臣の情報について、少しずつ蓄積していますが、まだまだほんの一部に過ぎません。さらに蓄積を重ね、弊社しか持っていないような情報網を作り上げたいと考えています。

この陪臣については、「分限帳調査の注意点③」をご覧ください。

最後に⑤の明治維新前後の改名について。

分限帳の調査では、まず戸籍調査で幕末期のご先祖の名前を判明させ、その名前を時代が重なる分限帳で探すことになるかと思います。

ところが、明治維新前後に名前を変えたという藩士はかなり多いのです。

実際に、弊社では豊前小倉藩士について、明治維新前後の分限帳を比較し、改名した藩士の統計を取ったことがあります。その結果、知行取388人中198人、切米取1061人中521人、計1449人中719人、実に約半数が改名していました。

小倉藩だけが例外的に改名者が突出しているということは考えられず、他の藩にしても似たような数値が出るのではないかと思われます。

このように、明治維新前後で改名してしまっていると、たとえ同一人物であったとしても、戸籍調査で判明した名前と幕末頃の分限帳に記載されている名前が一致せず、ご先祖かどうか分からないということになるわけです。

明治の士族の記録

上記の明治維新前後に改名したという問題の対策のひとつとして、主に廃藩置県以降に作成された旧藩士=士族についての記録を調べるという方法があります。この時期は、既に改名した後ですので、戸籍の名前との不一致がありません。

詳しくは、明治の士族記録をご覧ください。