江戸前期調査(江戸前期までの家系図作成 )

日本橋

 江戸前期調査では、江戸時代の前期1600年代に出生されたご先祖様までの情報取得を目標とします。
 慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いに勝利を収めた家康が同8年に幕府を開き、秀忠ー家光と続く幕藩体制が確立する時期に当たります。
 一般的に25年~30年程で世代交代が行われていましたので、12~16代ほどの堂々たる家系図が完成します。

 基本調査と同様に、まずは菩提寺・墓地・聞き取り調査などの現地調査や郷土史・古文書などの研究を行いますが、江戸中期以前となると墓石や過去帳などからの情報はかなり限られてきますので、膨大な古文書研究のウエイトが高くなり、より専門的な技能が必要となります。

 これらの調査活動を通じて、江戸時代には士農工商のどれに属していたのかが特定できます。武士だった場合、どこの藩でどのくらいの禄高だったのか。どんな役職に就いていたのか等々が分かりますし、農民であれば、どのくらいの土地を持ち、村の中でどのような立場であったのか等々も判明してきます。商人であれば、何という屋号でどんな商売をどの程度の規模でしていたのか等々が判明します。

 それだけでも、全く知らなかったご先祖達が身近に感じられるのではないでしょうか。

 ただし、さすがにこの江戸前期までの調査となると、どの家でも可能というわけには参りません。お申し込みに際し、いろいろと質問をさせて頂いた上で、長年の経験から可能か否かを判断させて頂きたいと思っております。予めご了承ください。
 以下、本調査コースの詳細をご説明致します。

江戸前期調査詳細

調査範囲

江戸前期1600年代に出生されたご先祖様まで、約350~400年間の調査を目標とします。1世代25~30年と考えて、12~16代が平均的です。

標準調査期間

6カ月~1年程度を目安としています。現地調査の対象地域が宿泊を必要とする程度の遠方の場合や史料等が乏しい場合等、諸条件で調査期間が大きく異なって参ります。最終報告まで、3カ月間隔で中間報告を入れさせて頂いています。

調査料金

1,080,000円(税込)
(交通費・宿泊費・レンタカー代・お寺やご本家等への謝礼など一切を含む)

  • 料金は定額制です。現地までの距離や調査の難易度などの理由で差額が発生することはありません。(※ただし、離島での調査の場合、追加料金を頂くことがございます。)
  • 除籍謄本を全て取得済みの方は、上記料金から2万円を割引かせて頂きます。

お支払い方法

お申し込み時に半額(540,000円)をご入金頂き、最終調査報告書提出時に残額の清算をお願いしております。

調査終了後、お渡しするもの

  • 家系調査報告書(横家系図及び「元号・西暦対照表」を巻末に綴じています)
  • 取得した戸籍謄本・除籍謄本・改製原戸籍謄本一式
  • 調査の根拠となる各種史料一式
  • 現地で撮影した各種画像
  • 家系図データ及び各種画像を収録したCD-ROM

調査結果をカタチに(オプション)

  • 巻物に仕立てたい⇒「巻物製作」のページへ
  • 和綴じ本を作りたい⇒和綴じ家系譜」のページへ


お客様の声:江戸前期調査

※掲載にはご本人様の許可を頂いております。

[Kさん] 北九州市小倉南区在住

  • お申込みの内容:江戸前期調査
  • 調査対象地域:鹿児島県内

父が早く亡くなったため、父方の親戚との付き合いが無く、分かっていることといえば祖父までの名前と本籍と祖父までが入っている墓の場所だけでした。たったこれだけの手掛かりで、本当に400年前までの祖先が分かるのかと正直なところ半信半疑でした。だから、いろいろな証拠資料と一緒に説明を受けた時は本当に驚いたものです。

  • 幕末の安政の頃に薩摩の別の場所から移ってきたこと。
  • 曽祖父が戊辰戦争に参加して、遠く会津城の攻撃にも参加していたこと。
  • 頬に鉄砲の貫通傷を受けながらも煙草を吸い、口に空いた傷口から煙を出して笑っていたという豪傑だったこと。
  • 250年前は別の苗字を名乗っていたこと。
  • 苗字が変わる前の祖先の古い墓まで見つけて頂いたこと。

そして、私から数えて12代まで続く家系図を見て深く感動しました。報告を受けた後、連休を利用して家族と一緒に鹿児島に行き、教えてもらった墓までお参りに行ってきました。そして、探して頂いていた苗字が変わる前の総本家のお宅まで挨拶に行き、今後ともお付き合いが出来るようになりました!お陰様で、息子に良いものを残せてやれそうです。


[Yさん] 北九州市若松区在住

  • お申込みの内容:江戸前期調査
  • 調査対象地域:福岡県中間市→広島市・呉市→愛媛県宇和島市

今回は、広島県から愛媛県にまで調査の範囲が広がることとなり、大変御苦労さまでした。明治の初めに、広島県から移ってきたということは聞いていましたが、その前には江戸時代の初めに愛媛県から広島県に移っていたことが分かり、とても驚きました。よくもそんな記録が残っていたものだと感心致しました。そのことが書かれている古文書を撮影して頂いた写真は、なくさないように家系図と一緒に保管しています。

また、見つけて頂いた呉市の総本家の墓に、休みを利用して息子と一緒に行ってきました。墓誌には、確かに古い除籍謄本に載っている本家のご先祖様の名前が彫られていました。広い呉市の中で、山の斜面にあるこのような墓を、よく見つけることができたものだと感心しております。

貴社のHPに、「古い墓を探す努力もしています・・」と書かれていましたが、正直「本当かな~」と思っていました。今では、疑ってしまって申し訳なかったと思っています。有難うございました。


[Iさん] 名古屋市在住

  • お申込みの内容:江戸前期調査
  • 調査対象地域:宮崎県都城市

はぁ~ 悲しいですね。祖父や父から聞いていた話とはかなり違った結果が出てしまいましたね。残念ですが、反論の余地がない史料などを見せられては、藤田さんの言われることの方が正しいことを認めざるを得ません。

藤田さんは、ご先祖が武士だろうと農民だろうと、ご先祖の価値に変わりは無いと言われますし、確かにその通りだとは思いますが、子供の頃から島津家の武士だったと聞かされ、それを誇りに思ってきましたので、やはり落胆は隠せません。

ただ、今回の調査をきっかけに真実が分かったということは、そのまま肯定的に受け入れたいと思います。もの凄くたくさんの古文書の写真を頂きましたが、さぞかし大変だったと思います。とても自分では出来なかったでしょう。有難うございました。



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